韓国人「日本が李舜臣将軍に一方的にボコられて大敗した事実だけは、捏造で歪曲できなかった理由がこちら・・・」

韓国MLBPARKから「李舜臣に関してだけは、日本が捏造や貶めをできなかった理由」という記事を翻訳しました。


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李舜臣に関してだけは、日本が捏造や貶めをできなかった理由

西洋の歴史学界は、太平洋戦争の時に日本がやっていたことを見て、「あいつらはなぜあんなことをしたのか」と疑問を持ち、日本史の本格的な研究を始めた。

その流れで「日本が負けた戦争がもう一つあるのでは?」と気づいたのが壬辰倭乱(文禄・慶長の役)。そこで李舜臣という人物を知ることになる。

戦後、アフリカでロンメルを破ったイギリスのモントゴメリー元帥が著書の中で、李舜臣についてかなり詳しく記録するほどだった。

皮肉なことに当時は朝鮮側の資料はほとんど翻訳もされておらず知られていなかったため、日本側の資料を多く参照した。だがそれは「李舜臣にこてんぱんにやられた側」の資料なので、どのように打ちのめされたかを細かく書き残していた。

ではなぜ日本がいつものように捏造せず、比較的事実に近い形で敗北を書いたのか。それは「李舜臣は人を超越した存在であり、負けても自分のせいではなかった」という言い訳が必要だったからだ。

ここまで無数に叩きのめされて、秀吉や他の大名が信じないのではと心配し、自分の船に突き刺さった砲弾などを持ち帰って見せ、「こういうものを食らっても生き延びました。自分の無能さで負けたのではありません」と証明しようとしたほどだ。

要するにこういうことだ。

何倍もの艦隊を持ちながら徹底的に叩きのめされた → 無能な凡将

李舜臣は災厄のような存在で、鉄甲の亀船や朝鮮の火器に勇敢に立ち向かったが、力及ばず敗北 → だが生還した生存者

その結果、初めて李舜臣の名前が西洋に本格的に知られるようになった。ちなみにその時代の実物として残っている唯一の大将軍伝も存在する。

さらに李舜臣が「災厄」と呼ばれる理由を示すのが戦果の一覧である。

玉浦海戦、合浦海戦、赤珍浦海戦、泗川海戦、唐浦海戦、第1次唐項浦海戦……

韓山島海戦、安骨浦海戦、長林浦海戦、火准九味海戦、多大浦海戦、西坪浦海戦、絶影島海戦、草梁木海戦、釜山浦海戦……

熊浦海戦、第2次熊浦海戦、第2次唐項浦海戦、長門浦海戦、永登浦海戦、第2次長門浦海戦、第2次釜山浦海戦、於蘭浦海戦、碧波津海戦、鳴梁海戦、折耳島海戦、長島・倭城戦、露梁海戦

確認されている撃沈数だけで766隻。半壊・拿捕を含めず、記録が曖昧なものも除外してこの数である。

船1隻あたり50人とすれば、少なくとも4〜5万人以上を海に沈めた計算になる。100人単位なら10万人規模まで達するが、空船を沈めた例もあるので調整は必要だろう。

倭軍が1次侵攻で動員した兵は17万人ほど、再侵攻では14万人。そのうち20%近くが李舜臣の手で海に沈められた。村ごと徴兵された若者たちが鳴梁で全滅した地域もあった。

まとめると、

「自分が弱いのではなく、敵が強すぎたのだ」

ということになる。



韓国の反応

乱世の英雄どころじゃなくて、戦争の神が降臨した感じだ。
世界の海戦史で李舜臣将軍と比肩できても、凌駕できる将軍なんているか?って思うくらい、ただの圧倒的GOAT。